2007年12月09日
サリンジャー「キャッチャー・イン・ザ・ライ」 白水社

村上春樹訳 2006年初版 アメリカ文学
読みやすさ ★★★★★(文章の印象は変わったが、読みやすさは変わらず)
ボリューム ★★★☆☆(約360ページ、ページ数が増えているのは頁あたりの文字数の違い)
挿絵の有無 なし
少しだけ落ち着いて大人になった印象のホールデン
サラリとしたスマートな文章ではあるが、インパクトは薄れた
野崎孝訳の「ライ麦畑でつかまえて」がすっかり気に入った私は、続けて村上春樹訳の「キャッチャー・イン・ザ・ライ」も読んでみました。タイトルは違いますが、元になっているのは同じ作品です。
文章の印象は変わっていましたが、平易な日本語で読みやすいことには変わりがありませんでした。
この作品の内容については、先に「ライ麦畑でつかまえて」の記事で書いておりますので(下記リンク参照)、ここでは、主に両者の翻訳の違いを中心に見ていきたいと思います。
サリンジャーについてWikiで見る
ライ麦畑でつかまえて(キャッチャー・イン・ザ・ライ) についてWikiで見る
村上春樹についてWikiで見る
野崎孝についてWikiで見る
あらすじ
下記のあらすじは、先に書いた野崎孝訳「ライ麦畑でつかまえて」のあらすじをそのまま流用しています、
ただ、比較のために、本文からの引用文については、野崎孝訳と村上春樹訳の同じ箇所を並べています。登場人物についても村上春樹訳を基にしています。
キャッチャー・イン・ザ・ライ あらすじへ
キャッチャー・イン・ザ・ライ 登場人物へ
いかがでしょうか。同じ箇所を並べてみると、両者の雰囲気の違いが何となく分かっていただけるのではないでしょうか。
薄れたパンク調
野崎孝訳「ライ麦畑でつかまえて」の最大の特徴であった軽快なパンク調の文章ですが、この村上春樹訳「キャッチャー・イン・ザ・ライ」では、大分トーンが違います。
主人公ホールデンも、言葉遣いの悪さが多少は緩和されて、ちょっとだけ大人になった印象です。その分、小気味の良さは失いましたが、野崎孝訳のパンク調の文章に抵抗を感じる人には良いかもしれません。
ただ、ホールデンが他人をコキ下ろす場面では、村上春樹訳の冷静な口調の方がキツく感じられるところがあります。
例えば、ホールデンの親友(?)アクリーについて
野崎孝訳
一度だって僕は、奴が歯を磨くのを見たことがなかったな。まるで苔でも生えてるみたいな、すげえ歯をしてるんだ。(中略)そればかしじゃない、性格だってひでえもんよ。
村上春樹訳
こいつが歯を磨いているところを一度として見たことがない。歯はいつ見ても、まるで苔が生えているみたいで、ぞっとさせられた。(中略)おまけに性格がよくない。
けなしていることには変わりないですが、思わず笑ってしまうような野崎孝訳に対して、村上春樹訳は、冷たく突き放すような言い方です。
上記に限らず、野崎孝訳の文章は、ところどころユーモアを感じさせます。
一方、村上春樹訳の文章は、同じ箇所を読んでも冷静すぎて笑えません。
スマートな翻訳
村上春樹訳「キャッチャー・イン・ザ・ライ」では、英語をそのままカタカナ表記にしている部分が結構見られます。
”訳しにくい言葉は、あえて訳さない”ということでしょうか。全体的に、村上春樹訳の文章の方が、サラリとしてスマートさを感じるのはそのせいもあるでしょう。
ホールデンが、妹の通う小学校の壁に"Fuck You"の落書きを見つけて怒りを感じるシーンがあります。
村上春樹訳では、ここを「ファック・ユー」とそのまま書いていますが、これは正解だと思います。
一方、野崎孝訳では無理に日本語に訳していますが、あまり成功しているとは思えません。
どのように訳したかはここでは書きません(書けません)が、野崎孝訳の中では、私が唯一疑問を感じる箇所です。
もっとも、今の読者なら「ファック・ユー」でそのまま通用するでしょうが、野崎孝訳が発表された1964年当時の読者に対しては、多少無理があっても訳すしかなかったのかも知れません。
そもそも村上春樹訳は、作品タイトル自体「キャッチャー・イン・ザ・ライ」と”そのまんま”です。作品のことを知らない人が見たら、全く違う本だと思うかもしれません。
確かに、野崎孝訳と明確に差別化して、新しさを感じさせるのには成功していると思います。
個人的には、野崎孝訳の「ライ麦畑でつかまえて」という、日本語のタイトルの方が好きです。
この「ライ麦畑でつかまえて」というタイトルは、本屋で並んでいたら「どんな話だろう?」と、思わず手にとってしまいそうな上手いタイトルだと思います。
やはり解説なし
この本の巻末には「本書には訳者の解説が加えられる予定でしたが、原著者の要請により、また契約の条項に基づき、それが不可能になりました。」とあり、野崎孝訳同様、解説がありません。サリンジャーという人は、よほど頑固者のようです。
白水社のHPに、村上春樹がこの作品について語った内容が掲載されているので、興味のある方は下記のリンクから読んでみて下さい。
「キャッチャー・イン・ザ・ライ」か、それとも「ライ麦畑でつかまえて」か
野崎孝訳(1964年発表)に対し、村上春樹訳(2003年発表)とまさに40年の違いがありますが、残念ながら「キャッチャー・イン・ザ・ライ」に、40年分のアドバンテージを感じることはできませんでした。
確かに、村上春樹訳には「サラリとしたスマートさ」があり、新しさも感じるのですが、それが、この作品自体の面白さには、あまりつながっていないような気がします。
同じく村上春樹が訳した「グレート・ギャツビー」も読みましたが、こちらは「サラリとしたスマートさ」がぴったりハマっていて、「爽やかさ」すら感じさせる魅力的な作品でした。
それだけに、この「キャッチャー・イン・ザ・ライ」では、”村上春樹らしさ”が十分に生かされていないようで残念な気がします。
”とにかく村上春樹の書いたものを読みたい!”という人は別として、作品自体を楽しみたいという人には、私は野崎孝訳「ライ麦畑でつかまえて」の方をおすすめします。
もっとも、この作品が好きな人であれば、両方読んでも損はありません。私は今回、この2冊を読み比べることで、色々な発見があって楽しむことができました。
オンライン書店で探す方へ
下記のリンクより、キャッチャー・イン・ザ・ライ(白水社)の商品紹介ページへジャンプします。
それぞれのレビュー記事を読むのも参考になります。
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