トルストイ民話集「イワンのばか」 岩波文庫外国文学レビュー はじめに

2007年10月31日

ディケンズ 「クリスマス・キャロル」 光文社古典新訳文庫


クリスマス・キャロル







池央耿訳 2006年初版 イギリス文学





読みやすさ
 ★★★★☆ (新訳は読みやすい)
ボリューム ★☆☆☆☆ (200ページ以下、非常に短い)
挿絵の有無 なし



永遠の定番。子供がいたら読ませたい本
読みやすさで選ぶなら新しい翻訳がおすすめ


 小学生のころに読んだことがありましたが、大人になった今、改めて読んでみました。
 新潮文庫版を読み始めたのですが、翻訳が古いせいか読みづらく感じたため、新しい翻訳の光文社古典新訳文庫版を買いなおしました。
 この新訳は、文章も現代的になっており、文字の大きさや行間などのバランスもよく、これから読む人にはおすすめです。

 ディケンズは、他の作品を読んでも感じられますが、人の「良心」や「善意」を信じる健全な精神の持ち主だと思います。英国人作家らしく皮肉もきかせますが、冷たさは感じません。
 この「クリスマス・キャロル」は、そのようなディケンズの人柄の温かさがよく分かる作品です。



ディケンズについてWikiで見る
クリスマス・キャロルについてWikiでみる



あらすじ

 この作品は、偏屈で孤独な老人であるスクルージが、過去・現在・未来を司る3人の精霊に導かれて、最後にはやさしい心を取り戻すという物語です。

 クリスマス・キャロル 登場人物
 クリスマス・キャロル あらすじ(詳細)


翻訳による表現の違いについて

 今まで翻訳の違いについて気にしたことがなかったのですが、せっかく新潮社版光文社版を揃えたので、翻訳によって同じ作品がどれほど変わるのか読み比べてみました。
 新潮社版クリスマス・カロル 村岡花子訳 1952年初版)に対し、光文社版クリスマス・キャロル 池央耿訳 2006年初版)とまさに50年の隔たりがあります。

 まず、スクルージが甥に向かって悪態をつく場面。

新潮社版 
 「こんなばかものばかりの世の中にいてさ、クリスマスおめでとうだとよ。 クリスマスおめでとうはやめてくれ!」

光文社版
 「この馬鹿馬鹿しい世の中で。クリスマスおめでとうだ? クリスマスなんぞは願い下げにしてもらいたい」

新潮社版
 「クリスマスおめでとうなんて寝言を並べるのろまどもは、そいつらの家でこしらえてるプディングの中へ一緒に煮込んで、心臓にひいらぎの枝をぶっとおして、地面の中に埋めちまいたいよ。 ぜひそうしてやりたいよ」

光文社版
 「クリスマスおめでとうなんどと戯けたことを口にする脳足りんは、どいつもこいつも、プディングとごった煮にして、心臓にヒイラギの杭を打ち込んで埋めてやりゃあいいんだ。 ああ、そうだとも」

 新潮社版は、英語を直訳したようなぎこちなさを感じますが、光文社版の方は日本語として自然に感じます。

 ただ、よく読んでいくと新潮社版の硬い表現のほうが、ぴったりくるところもあります。
 スクルージが「余分な人間は死ねばいい」といったことに対して、精霊(新潮社版では幽霊)が厳しくとがめる場面。

新潮社版
 「人間よ、もしお前の心が石でなく人間なら、余計とは何であるか、どこに余計なるものがあるのかをはっきりわきまえるまでは、この悪い文句をさしひかえるがよい」
 「どんな人間を生かし、どんな人間を死なせるかお前に決められると言うのか」

光文社版
 「多少とも人間らしい心があるなら、何が余分か、余分でないか、知りもしないで思い上がったことを言うな」
 「誰が生きて、誰が死ぬか、選別できる立場か?」


 ここでは、新潮社版の威厳に満ちた言葉のほうが、心にこたえます。

 きりがないので終わりにしますが、同じ作品の同じ場面でもずいぶん違うことがわかります。
 同じ作品を2冊も読むのは大変ですが、自分の好きな作品であれば、翻訳の違いにこだわってみるのも面白いと思います。

 以下では光文社版「クリスマス・キャロル」をベースにして話をすすめます。


切なくて印象的な場面

 私が好きな場面は、第一の精霊(過去の精霊)が、スクルージに過去の幻影を見せるところです。

 スクルージは、とっくに忘れていた懐かしい人々の姿、そして少年時代の自分を見ます。ひとりぼっちで学校に残って本を読んでいる自分。
 そこにスクルージの小さな妹が現れます。

 「迎えにきたよ、お兄ちゃん」
 少女はちっぽけな手を叩き、体を二つ折りにして笑った。
 「帰ろ、帰ろ、おうちへ帰ろ」
 「うちへ帰るのか、リトル・ファン?」スクルージ少年は問い返した。
 「そうだよ!」少女は顔を輝かせた。
 「おうちへ帰って、もうどこにも行かないの。ずっと、ずっと、おうちにいるの。・・・」(本文より引用)


 このスクルージの少年時代の幻影は、とても切なくて印象的です。


不気味で印象的な場面

 また、この作品には珍しく、不気味さゆえに印象に残る場面があります。

 第二の精霊(現在の精霊)が、地獄からやってきたような二人の子供をスクルージに見せる場面です。

 「そうら、見ろ! よく目を開けて、まっすぐ!」精霊は声を荒らげた。
 子供は男と女だった。肌は黄ばんで垢が浮き、骨と皮にぼろをまとって、いじけた目に恨みを宿している・・・中略・・・
 「男の子は〈無知〉、女の子は〈貧困〉だ。二人に心せよ。 同じ階層の者みなすべてに注意を向けなくてはならないが、中でも男の子には用心せよ」
 「俺にはわかっている。 まだ消されずに残っているなら、額に〈破滅〉の文字が読めるはずだ。 頑としてこれを拒め。」(本文より引用)

 この二人の子供は何者でしょうか。作者は何かを暗示しているのでしょうが、はっきりとは書かれていないし、私にもよく分かりません。
 この後すぐに第三の精霊(未来の精霊)の登場場面に切り替わるので、スクルージの未来を暗示しているのかもしれませんが、それだけではないようにも思えます。


永遠の定番

 この「クリスマス・キャロル」は児童書としても多く出版されているので、子供向けのイメージもありますが(私がそうだった)、この作品を深く味わえるのは、やはり人生経験のある大人だと思います。
 スクルージが過去の自分を見る場面では、必然的に読者も自分の過去を振り返ってしまうと思います。

 ただ、子供のころに読んでおくのはよいと思います。私も、子供のころに読んで印象に残っていたので、もう一度読んでみるきっかけになりましたし、当時は理解できなかったことが今は理解できるので、余分に楽しむことができました。
 もし、自分に子供がいたら是非読ませたい作品です。そのようにして親から子へ伝えられてきたから、定番の名作として生き残ってきたのでしょう。


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 それぞれのレビュー記事を読むのも参考になります。


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pjo1062002 at 10:39│TrackBack(0) クリスマス・キャロル | ディケンズ

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